宇治上神社は、明治維新までは隣接する宇治神社と二社一体で、それぞれ、離宮上社、離宮下社と呼ばれていました。祭神は宇治神社の祭神でもある悲運の皇子菟道稚郎子(うじのわけいらつこ)のほか、父の応神(おうじん)天皇と兄の仁徳(にんとく)天皇を祀っています。本殿は平安時代後期の、神社建築としては最古のものに属する建造物で、一間社流造(いっけんしゃながれづくり)の内殿三棟を左右一列に並べ、後世これらに共通の覆屋(おおいや)をかけたものです。また、その身舎(もや)の扉には、建立当時の絵画が遺されています。なお、境内に湧き出ている桐原水(きりはらのみず)は、宇治七名水の一つとされています。 |
本殿は、現存する我が国最古の神社建築です。 |
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