法起寺は奈良県生駒郡斑鳩町大字岡本にあり、岡本尼寺、岡本寺、池後寺、池後尼寺と呼ばれている。この寺は、推古14年(606)に聖徳太子が法華経を講説されたという岡本宮を寺に改めたものと伝えられ、法隆寺、四天王寺、中宮寺などと共に、太子御建立七ヵ寺の一つにかぞえられている。
創建の由来については『聖徳太子伝私記』に記録する当寺の三重塔にあった露盤銘によって判明する。それによると、推古30年(622)2月22日、聖徳太子はその薨去に臨み、長子の山背大兄王に宮殿(岡本宮)を改めて寺とすることを遺命し、山背大兄王は大倭国田十二町、近江国の田三十町を施入したという。
その後、舒明10年(638)に福亮僧正が聖徳太子のために、弥勒像一躯と金堂を造立し、天武14年 (685)には恵施僧正が宝塔の建立を発願し、慶雲3年(706)3月に塔の露盤を作ったとしている。【法起寺パンフレットより抜粋】 |
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